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次世代の横浜 税理士!

プリンターが刷り出したコンピューター勘定の計算書には、一九三六年生まれの私が〈うまれてからの日数一八九一六日〉とあり、〈あなたのいのちの値段は三二五四万円〉となっていた。 計算書の説明によると、このコンピューター勘定は、〈自賠責保険の支払基準にもとづき一応のめやすとして算出したもの〉だという。

強制加入の自動車保険の場合の算定によるものだが、自分の過失で事故を起こした場合の〈過失相殺等の要素は加味されていません〉とある。 また〈慰謝料〉が〈請求権者により七○○?九○○万円〉と、〈葬儀費五○万円〉も含まれていることになっているので、これらを引いた私の正味のくいのちの値段〉は、たかだか二四○○万円前後となる。
なんと安いくいのちの値段〉だろう。 高騰した東京の都心部の一平方メートルの土地にもおよばない。
私のくいのちの値段〉の根拠となるのは、〈逸失利益〉といわれるもので、〈年収〉によって決まる。 それは、〈生きていたら得られるはずの収入〉から〈生活費〉を引いたものに、〈死亡時の年齢に対する新ホフマン係数〉を掛けたものである。
みじめな〈年収〉の貧乏人ほどくいのちの値段〉は安く、死んだときにも貧乏くじを引かされる。 私にすれば、今度こそよりよい仕事をして、それがく年収〉にも少しは反映するようにと、その可能性を追って日々の努力をつづけている。
だが、その可能性や努力は、保険の世界のコンピューター勘定には入らない。 コンピューター勘定にならないものは計算外とされる。
商法は損害保険についても定めているが、〈保険契約ハ金銭一見積ルコトヲ得ヘキ利益ニ限り之ヲ以テ其目的ト為スコトヲ得〉(第六三○条)と定めている。 あまりにもくい違いがあるので、われながら真剣にいろいろと考えてみた。
そもそも、金銭に見積もることが不可能な命を民間保険事業の対象にすること自体に、納得できないものがある。 せめて、万一のときまで貧乏人ほど貧乏くじを引かされるという構造だけでも、どうにかできないものか。
そこに保険を商品とする民間保険事業の限界があり、社会保障などの公的保障によるカバーが必要となる。 ところが、いまや社会保障も「自助努力」とかで受難時代となり、むしろ「民間活力の導入」をうたって、公的事業の民営化が強行されている。

私のくいのちの値段〉のコンピューター勘定も、公的事業である自賠責保険を基準にしたものだが、この自賠責保険すら民営化にさらされかねない状況にある。 そうなれば、貧乏人は貧乏くじさえ引けなくなるかもしれない。
私のくいのちの値段〉のコンピューター勘定はあまりにも安かったが、その計算書は、だからこそ〈自賠責プラス自動車保険で十分な賠償資力を〉と書いていた。 そこには書いてはいないが、前提になっていることがある。
つまり、あなたは年収が低く〈あなたのいのちの値段〉も安いのだから、もし年収が高くくいのちの値段〉の高い人に被害をあたえるようなことがあったら困りますよ。 だから、あなたは〈十分な賠償資力〉をつけるため、任意の自動車保険に入っておきなさい、ということである。
貧乏人ほど万一のさいのくいのちの値段〉が安いだけでない。 財布が貧しいがために、くいのちの値段〉が高く収入の多い人の万一のために、その財布のなかからもっと保険料を支払っておく必要があるというわけだ。
強制の自賠責と任意の自動車保険の組み合わせは、貧富の矛盾が二重にプラズされて成り立っている。 計算書には、〈くわしいことはお近くの損害保険会社か代理店にどうぞ〉というわけで、任意の自動車保険のほか、種立ファミリー交通傷害保険などの積立型保険がずらりと列挙してあった。
立こども総合保険)を積極備える商品の一つである。 損害保険は、矛盾だらけの「コンピューター勘定」で成り立っているが、それでもなお国民大衆の災害にたいする「不安」を対象に、貧乏人には貧乏くじなりに「安心」料の保険料を支払うことによって、経済的補償をしてきた。
それが損害保険の社会的、公共的な役割だった。 ところが、このところへ社会保障や生活の貧困などから、国民の「不安」は増幅している。

そして、損害保険会社は、国民の「不安」を商売のネタに活用している。 たとえば、健康保険が改悪されると、本人の一割負担分を補うといううたい文句で、医療費用保険を売り出した。
企業向けの福利厚生プランなるものも、あやしくなりつつある従業員の福利厚生を充実するというのがうたい文句だった。 さきにみたマル優廃止を絶好のチャンスとする、財形の種立型傷害保険も同類である。
老後の「不安」から、万一に備えようとする「自助努力」は、かっこうのシルバー市場であるということで、積立型保険を売り込む草刈場となろうとしている。 新しいところでは、T海上は教育費の高騰に目を付け、子ども専用の横立保険を八八年二月に発売した。
だが、「TOKIOMONTHーY』(八八年一月号)が、「積立種目V8へ向けすぐすぐ倶楽部(穣総合保険)を積極販売!」との表題で紹介しているとおり、〈積立種目V8〉のノルマ〈必達〉に近年の国民の「不安」の増幅とともに急成長してきたのが、ほかならぬ積立型保険だった。 コンピューター勘定は、さきのくいのちの値段〉の計算よりも菰立型保険の計算などで威力を発揮している。
積立型保険は複雑な商品設計になっており、コンピューター勘定が生んだ商品といってもよい。 T海上の英名は「TOKIOMARINE」だが、三年前からすすめている第三次オンライン計画では、さらにコンピューターを高度に活用し、エクセレント・トーキョーマリーン・システムUETSとしている。
積立型保険は、もともと、マネーをかき集めるという、損保会社のニーズにもとづいて開発された。 だが、保険審議会やT海上などの損保会社は、日本人の「掛け捨て嫌い」と「貯蓄好き」に合った商品であり、国民のニーズに合っているといっている。
たとえば、T海上の代理店向けの「積立特約商品説明会資料」も、〈積立型保険は、代理店の皆様の販売努力と日本人の貯蓄を好む国民性に支えられ、爆発的な売れ行きを続けております〉などと書いている。 本当にそうなのだろうか。
「掛け捨て嫌い」というのは、万一のときの補償が貧弱なため、せっかく掛けた保険料も捨てられてしまったように感じるところからきている。 「貯蓄好き」というのも、だれも補償してくれないかぎり、無理算段で備えておかなければならない現実からきている。

私の〈いのちの値段〉でみたように、社会的、公共的な経済的補償機能が貧弱で、なんら社会保障などの公的保障がないからである。 現実に、保険会社に支払った保険料のなかから、国民への経済的補償として戻ってくる支払保険金は、せいぜい半分にすぎない。
大蔵省『銀行局金融年報」の統計によると、八六年度では、T海上が国民から集めた正味収入保険料は七一四四億円だった。 一方、契約者の損害の経済的補償として返した正味支払名付ける、コンピューター・システムが構築される。
切り捨てられた年頭挨拶の部分で、T社長も〈ETSは、TOOS計画全体を支えるシステム〉であるといい、〈銀行や証券、生保の大手各社が進めている第一次オンラインに匹敵するもの〉といっている。


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